たわしは握ると痛い

黒歴史の創生

哲学的な話をするとモテる

哲学的なブログを読んでスゴい参考になったので自分も哲学的な話をします

 

哲学というか自分なりのイメージであり実際にはそうではないって事は理解しています

 

つまりは妄想の域の話

念のため言っておくと自分は無神論者です

 

 

自分は小さい頃から自分こそがこの世界の全てであると考えていました

つまりは「自分が今生きている世界は別にあり、「俺」の夢が世界を創り出している」っていう考え方

今あるこの世界は「俺」の夢や意識の産物であり、他の人間やモノは全て俺の作り物ではないか、ってやつです

こんな感じの説の名前あった気がするんだけど忘れた

そんな考えアホじゃねえのって感じる人もいるとは思いますが、誰にもそれを完全に否定する事はできないわけです

 

あなたが考えたその論理は、本当にあなたが考えたのか?

 

「私は私、お前に創られてなんかいない」というその否定は、「俺」があなたに否定的に想像させるようにあなたを「創造」したのかもしれない

その肯定は、「俺」があなたに以下略

つまりは「俺」こそが全てを創ったんじゃないかってわけです

 

もちろんそうじゃないってことも理解はしているわけですが自分でもそれが本当に違うとは否定できないんですよね

もしかしたら論理的に否定が出来るかもしれないけど、もし出来るなら興味深い話

 

この考え方は自分だけじゃ無くて人類ひいては生命全てにおいて通用するわけで

誰でも頭の中で想像すれば空を飛べる

誰でも妄想すれば神とやらにもなれる

 

誰しもが想像者であり創造者であるわけです(ダブルミーニング)

 

自分のこの考えは、あなたが創ったのかもしれない

あの人のあの行動は、誰かが創ったのかもしれない

 

こういう思考の連鎖こそが哲学だなって感じる

 

最初に言ったようにこれはあくまでも自分の「妄想」でありこの考え方が正しいとか言うつもりは毛頭ないし否定してもらう前提の話です

矛盾点は腐るほどありますが、うんうん、それもまた哲学だね

 

それで次がこの説で一番不安に思ってた点なんですが

 

 

 

 

 

「俺」がずっと寝てる間トイレとかどうしてるんだろうね……………垂れ流し?